2018年シーズンにジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの両方に出場し、共に総合2位に登り詰めるという、常人には理解しがたい実績を残したトム・デュムラン(オランダ、チーム・サンウェブ)。
今年こそはツール・ド・フランスに集中し、その総合優勝を狙うのではないか――と多くの人が想像していたように思うが、彼とチームが決断したのは2018年と同様に「ジロ・ツール」体制だった。
一体なぜ?
その疑問をもとに、Cyclingnewsが彼にインタビューを試みており、その質問がいずれも私たちがまさに聞きたいことであったと共に、デュムランの回答も非常に面白いものであったため、以下、簡単に翻訳していく。
(全てではなく、一部省略している部分もあります)
英語が得意ではない筆者であるため、ところどころ訳が間違っている可能性が大のため、そういうところに気づいたこっそり指摘してくれると嬉しい。
また、筆者の主観をもとに大幅に意訳している部分もあると思うので、鵜呑みにはしないように!
翻訳元:
ツールではなくジロに集中することに決めた理由
――あなたは2019年もツールではなくジロにフォーカスすることに決めたようですが、正直、これには驚かされました。
トム・デュムラン:そうだね、僕も2019年はツールに集中するつもりでいたし、チームも同じ考えだった。けれどジロのコースがとても僕向きで、ツールがそうでなかったことから、考えを変えたんだ。
――あなたはすでにジロを勝っています。論理的に考えて、特に今年のことを思えば、2019年はツールこそがあなたのキャリアにとって最優先の目標になる気がするのですが。
ツールが1番でそれ以外はそうでもない、なんて狭い考え方を僕はしていないよ。僕はジロがとても大好きだしね。
もちろん、ツールに勝ってキャリアを終えることはとてもとても素晴らしいことだと思うよ。けど、もしそれが果たせなかったとして、それで僕のキャリアが失敗だった、だなんて考えたりはしない。
ただ僕は賢く自分のチャンスを掴みとりたいだけだ。今年のツールは僕にとってただただ向いていない。それだけなんだ。
――ツールでの個人タイムトライアルの総距離は近年大幅に短縮される傾向にあります。あなたはその傾向を残念に考えていますか?
レース主催者の考えていることは僕も理解することはできる。
けど、この2年間、ジロは非常に長い距離の個人タイムトライアルを用意して、それゆえに、タイムトライアルを得意としないライダーたちによる積極的な攻撃が誘発されることとなった。
たとえば2017年、ナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター・チーム)は最初の山岳ステージで攻撃する必要があった。そうしなければ、最終日のタイムトライアルで逆転されてしまうことは彼は知っていたからね。
タイムトライアルはもっと長くなるべきだ。それがよりオープンなレースを作ることを、ここ2年のジロは証明している。
でもツールはそう考えていない。これはとても不幸なことだよ。
2017年ジロ第9ステージ。1級山岳ブロックハウス山頂に至る登りでキンタナがアタックし、マリア・ローザを獲得した。
僕も、もう何十年も前のように、100kmものタイムトライアルを用意すべきだと考えているわけではない。ブラッドリー・ウィギンスが勝ったときのようなツールがまた起こるべきではないと考える理由は理解できる。
それに個人タイムトライアルで作られるタイム差はここ5年程変わっていないのに対し、山岳でつけられるタイム差はどんどん縮まってきている。だからあまりにもタイムトライアルの距離を長くし過ぎることがフェアではないことはわかっている。
でも、いくらなんでも短すぎるとも思うんだ。
――あなたはASO[ツール主催者]の試みは逆効果だと考えていますか?
100%そう思うね。
もし、ロマン・バルデ(フランス、AG2Rラモンディアル)が個人タイムトライアルの総距離が70kmあるツールで勝とうと思えば、僕やクリス・フルーム(イギリス、チーム・スカイ)に対して積極的な攻撃を仕掛ける必要があるだろう。それはとてもオープンなレースを作るよね。
でも、今年みたいなコースだと、彼は最終周まで待つことができる。
そして、レースはスカイによって完全に支配されてしまうんだ。それはASOも望む姿ではないはずだ。
――あなたがジロをより望ましく思うのは、彼らが3つのタイムトライアルを用意しているからですか?
彼らが用意しているタイムトライアルは、単純にフラットなだけでなく、山がちな部分もあって、とても難しいものだ。
それは僕にとても合っていると共に、そこまでタイムトライアルが得意ではないライダーにとっても、それほどタイムを失わずに済むものだと思っている。
だからそれはとてもバランスが取れていて、公平だと思う。
僕がジロをもう1度走りたいと考える理由の1つはそれだよ。
2018年のジロ・デ・イタリアでも初日の個人タイムトライアルで勝利したデュムランは、1日だけマリア・ローザを着用した。
ダブルツールについて
――ツールへの出場も予定しているんですよね?
そうだけど、正確にはジロの後に決めるよ。
でも多分行くと思う。ジロ中、もしくはその直前に何かトラブルが起きなければ。
――ツールでも総合優勝を目指すつもりですか?
まずはジロに集中するよ。 ツールをどうするかはやっぱりその後に考える。
昨年は初めての経験だったから余計なプレッシャーを感じることはなかったけれど、今年はちょっと違うかもしれない。
ジロの後の疲れに関しても、昨年はそんなに感じなかったけれど、今年はとても疲れているかもしれないしね。
――ダブルツール*1を達成することを念頭に置いて、ジロの走り方を少し変えたりはしますか?
いや、いや。ジロにピークを持っていくつもりだよ。
――昨年はワールドカップがあったのでジロとツールの間の期間が少し長くなっていましたが、今年はいつも通りの5週間に戻っています。それでも両方出ることは問題ありませんか?
そうだと信じているよ。
でもツールの3週目になってみないと分かんないだろうね。「問題なかった」かどうかなんて。
僕はまずジロの総合優勝を目指して全力で戦って、そのあとに十分に休息を取るようにするだけだ。その後にツールを走るのに十分なくらい回復していることを望んでいる。
でもまあ、完全にってのは難しいかもね。それでも構わない。
昨年のツールは最後の数週間はひどい疲れとそれによっておこる体調不良によってずっと苦しめられていた。
ジロとツールの間の期間が短くなることによって、今年のツールの3週目がより苦しいものになるであろうことは予想がついている。
けど、僕はまずジロの総合優勝争いに集中する。
そこで良い結果が出せれば、もうそれだけで良いシーズンを過ごしたと思えるだろう。
そうすればツールでの成績はボーナスみたいなものって思えるから、そんなに気にするつもりはない。まずはジロだ。
――1998年のマルコ・パンターニ以来、誰もダブルツールを成功させていません。昨年の経験から、あなたはそれが可能であると感じましたか?
ジロとツール両方を良い状態で走ることは可能だと思う。けど、それを最高のコンディションで最後まで走り切ることができるかどうかはどうだろう。
僕は昨年、それにかなり近い走りをできたとは思う。けれど、ツールでは最後の数日間で、その状態を失ってしまった。
――ジロとツール以外の2019年のレーススケジュールを教えてください。
昨年とほとんど同じだよ。まずはUAEツアー*2、それからティレーノ~アドリアティコとミラノ~サンレモ。ストラーデ・ビアンケは走らない。
それから高地トレーニングに入って、ジロまでの間はリエージュ~バストーニュ~リエージュしか走らない予定だ。
ツールの後は――つまり、僕がツールを走った場合は、ということだけど――ああ、でもまだわかんないな。ツールの後は。走らなかったとしても、やっぱりわからない。
もしもツールの後でも元気が残っていたら、きっと僕は世界選手権個人タイムトライアルに注力するだろうね。
今年の世界選手権個人タイムトライアルはローハン・デニスに敗れ惜しくも2位で終わってしまった。
グランツールライダーとして成長していくこと
――2017年のジロでは、クライマーたちに対してできるだけタイムを失わないように走っている感じを受けましたが、2018年のあなたは、もはやジロでもツールでも、世界最高峰のクライマーの1人であるように思えました。ライダーとしての成長を遂げているのでしょうか。
僕はまだタイムトライアルスペシャリストであることを望んでいるんだけど、確実にそのバランスはクライマー寄りになっているだろうね。タイムトライアルスペシャリストであることから少し離れてしまっている。
それが今年の課題の1つだと思っている。つまり、タイムトライアル能力を今の高いレベルで維持し続けること。そして、いくつかのタイムトライアルで――特に、最も厳しい類のそれで――勝ち続けること。
ただ、グランツールで勝つために最も高めなければならないのは登坂力であることもわかっている。
僕はここ数年でたくさんのことを身につけてきた。だけど今年は、よりたくさんのものを身につけなければならない。
――クライマーとしての成長の度合いはどれくらいだと思いますか?
パーセンテージで出したりはできないな。わからない。
連続していくつかの登りを越える能力は向上したとは思う。
もしも今僕をオローパ*3に連れていったら、あのときのような走りはできないと思う。あの日はあの最後の登り以外はずっと平坦が続いた楽な日で、あのときはもう全力、フルガスで走っていたから。
でも、獲得標高4000m~5000mの日を乗り越える力はついていると思う。
2017年ジロ第14ステージ。オローパ山頂フィニッシュで、キンタナらを打ち破り勝利を果たした。
――山登りのための特別なトレーニングはしていますか?
いや、特には。努力を続けているだけだよ。ただひたすら、より多くの山々を走るようにしているだけ。
――あなたのタイムトライアル能力が失われてしまうことを恐れていたのですが、そういうことは起こってはいないようですね。
短い距離のタイムトライアルーー特に平坦のそれ――については、少しばかり苦手にはなったようだ。
でも、幸運なことに、僕はタイムトライアル技術それ自体について高い能力を維持しているため、まだまだ勝利を重ねることはできる。
平坦の個人タイムトライアルにおける出力が低下したことで、昔ほどには圧勝できなくなっているのは事実だ。
――体重が減ったということでしょうか。
そんなには減ってないよ。1㎏か2㎏程度だ。
――2017年がブレイクスルーの年だったとして、2018年はあなたが自分をトップグランツールライダーであると認めることができた年と言えるでしょうか。
そう思うよ。
2017年のジロは僕にとっても他のみんなにとっても驚くべきものだったと思うけど、それはタイムトライアルの総距離が長く、僕にとても合っていたからでもあった。それに勝ったことが、僕がすなわち最強のクライマーであることを証明したわけではない。
でも2018年は、間違いなく、最高のグランツールライダーたちと共に走ることができていた。
それはとても嬉しかったよ。
――キャリアにおけるあなたの目標はここ数年間で変わったと言えるでしょうか。
それはもう、完璧に変わったね。
数年前まで、まさかグランツールで総合優勝争いをしているなんて、考えることさえなかったね。
でも僕はそれをすでにしている。そして今、僕は、いつの日かツール・ド・フランスを制することについて考えている。
それは5年前、夢見ることすらなかったことだ。
オランダ人としては約30年ぶりとなる総合表彰台。総合優勝となれば、1980年のズートメルク以来40年ぶりの快挙となる。
――あなたのアシストのうち何名かがチームを去りました。そして、新たに強力なアシストを獲得したわけでもありません。あなたは十分に強いチームを持てていると考えていますか?
去年よりもしっかりと強くなっている。それは間違いないよ。
もちろん、僕たちはスカイの半分――もしかしたら半分でさえないかもしれない――の予算しか持っていない。彼らは僕たちのチームであればエースになれるような選手にアシストを任せている。その大きな予算を持つ限り、スカイはグランツールを支配し続けるだろうね。
だから彼らがスポンサーを失うことで、彼らもそれを維持することが困難になるのは間違いない。
昨年の段階ではこの事態は当然想像していなかったので総合優勝争いのための補強はあまりしなかったけれど、来年に向けて僕らのチームが何をするべきかは明確だ。
スカイに対抗することは常に難しくあり続けるだろうが、年を重ねるごとに僕らはそこに少しずつ近づいていけるだろう。
そして今年、僕らはより彼らに近づくことができるだろう。
デュムランだけでなくチームが2019年のツールを批判している記事はこちら。
分かり易く訳してくれている記事がこちら。
「単純に個人タイムトライアルの総距離が長いからジロを選んだんだろうなー」くらいに考えていたが、デュムランはデュムランなりにロードレースを面白くする要素とは何か、ということについて結構いろいろ考えていたんだなって考えさせるインタビューだった。
もちろん、デュムランの言い分には賛否両論あると思う。いやそれってTT強い人の言い分だろ、みたいな。
ただ「個人TTが存在感をもつことで、クライマーたちによるより激しいアタック合戦が繰り広げられるだろう」っていうのはまあ、確かにそうかもしれない。
で、待ちの姿勢がなくなれば、スカイみたいな戦略が通用する余地も少なくなるってわけだ。
まあ、どうだろうね。とりあえずデュムランが今年、ジロにより集中する理由は「彼により合っているから」であることは間違いないようだし。
個人的にはそれでも、彼がツール・ド・フランスへの思いを確かに持っていることが最後に語られていて少し安心した。
「5年前までは夢見ることすらなかった目標を今は考えるようになっている」というのは、2018年ツールのゲラント・トーマスのスピーチとも重なり合って、より一層、デュムランを応援したくなる。
あとは、やっぱりデニスに負けたことが凄く悔しかったんだなーって。
個人TTへのこだわりと、グランツールへの野望とを両立させることは想像以上に難しいことなんだろうと思うけれど、だからこそそれを達成したとき、彼は間違いなく、歴史に残るレベルのライダーになれるだろう。
2019年も頑張れ、デュムラン。