りんぐすらいど

サイクルロードレース情報発信・コラム・戦術分析のブログ

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ツール・ド・フランス2014

 

 

  ヴィンツェンツォ・ニバリは不思議な魅力をもった選手だ。


  自分がサイクルロードレースを見始めたのは2015のツール・ド・フランスからなので、ニバリという選手は、「マイヨ・ジョーヌのメカトラブルにつけこんでアタックする選手」だとか、「ブエルタ第2ステージで魔法の絨毯を使って失格になった選手」だとかいったイメージしかなかった。同年のジロ第16ステージの経緯も踏まえ、「悪の軍団」という言葉はスカイよりもアスタナにこそ相応しいのではないか、なんていうふうにすら思っていた。

  しかし、そんなニバリのイメージが一変するのは、同年のイル・ロンバルディアからだ。アシストのディエゴ・ローザの力を借りながら、ピノ、チャベス、モレーノ、バルベルデ、ニエベといった強力なクライマーたちを差し置いて、得意の下りで一気に差をつけた。最後は独走態勢。偶然、風に乗って飛んできたイタリア国旗が、余裕のガッツポーズを取るニバリのイタリアチャンピオンジャージに貼りついた。ゴール前に並ぶイタリア人の観衆は皆、興奮したことだろう。圧巻の勝利。そして感動的な。このときから、自分のニバリを見る目は変わった。
  それはただの判官贔屓だったのかもしれない。無類の強さを誇るフルームやキンタナなどよりも、幾多もの困難を乗り越えてラルプ・デュエズを制したティボー・ピノや、ときに人間的な感情を露わにするニバリにこそ、強い思い入れを感じてしまう。15ツール第19・20ステージの勝利時ガッツポーズは、自分の中でもとくに好きなガッツポーズの1つだ。
  それでも、2014ツール・ド・フランスは、そこまで積極的に見たい、とは思っていなかった。自分の中にあったのは、「14ツールは、フルームとコンタドールがリタイアし、キンタナも出場しなかったからこそ、ニバリが勝利することができたレース」という認識だった。だからそれはあまり面白くないのではないか、と。
  そういう風に思っていたから、15ツールのあとは13ツール、そして12ツールのブルーレイを購入した。いずれもフルームの強さを見たいから、というのが1番の理由だったのだろう。実際に、フルームの圧倒的な強さを見ることのできた2作品だった。
しかし、12ツールを見たとき、圧勝するウィギンスとフルームに、最後の最後まで食らいついていたのがニバリだった。ニバリは、もしかして強いのではないか--いや、それは当たり前の話で、強くなければ3大グランツール制覇なんてできないし、15ツールだってコンタドールを超えての総合4位につけるわけがない--それでも諸々あってニバリに対して失礼甚だしい思いを抱いていた自分は、このときになって初めて、ニバリの勝利した2014ツール・ド・フランスに興味を抱き始める。

  そしてついに購入。視聴。するとどうだ。
  ニバリ、強い。強い。強すぎる。
フルームやコンタドールがいないからとかそういう問題ではない。圧倒的な強さで、次々勝利を奪っていく。マイヨ・ジョーヌを着たものが、周りすべてに警戒されている選手が、あんなにも勝利を量産することができるのか。第18ステージの勝利なんて圧巻だ。ノーギフト。そこがまたニバリらしい。
  そして表彰式のニバリは、少しはにかむような笑顔も見せてくれたりして、そこがまた愛らしい。グランツール勝利を十分に経験してきている彼ですらこのような表情になってしまう、マイヨ・ジョーヌの偉大さ、特別さが思い知らされる。 

 

 

  とにもかくにも。

  ニバリはこれほど強いのだ。だとすればこそ、15ツールの不調が悔しい。15ブエルタがあまりにも勿体無い。
  またツールで活躍するニバリが見たい。コンタドールの活躍も見たいけれど、ニバリの勝利こそ、リアルタイムのツールで見てみたい。それは、決して難しいものではないはずだ。そういう風に、思ってしまう。
  でも今年のツールは難しいのか。出たとしてもアルーのアシストになってしまうのか。ならば、ジロでぜひ優勝してほしい。デュムランもいるしチャベスの成長も気になるが、やはり今年のジロは、ニバリに大活躍してほしい。ティレーノ〜アドリアティコでまさかのクイーンステージキャンセルにも見舞われ、フラストレーションも溜まっているだろうし。
  そんなニバリは来季移籍の噂も? いずれにしてもニバリが全力を出せる環境を手に入れてほしい。

 

  ツール・ド・フランス2014は悲劇もあった。第15ステージ。220㎞超を逃げ続けたマルティン・エルミガーとジャック・バウアーは、ゴール直前50mで吸収される。泣き崩れるジャック・バウアー。これまでにないくらいに、敗北者の姿を映し出すカメラ映像。これがロードレースだ、というのがわかっていてもなお、同情せずにはいられない。それだけ、ツールでの勝利というのは、人生を大きく変えるのだ。
  雨の多いツールだった。その中で、昨年度優勝者は失意のリタイアを遂げた。コンタドールも、明らかな大怪我を負ってもなお、自転車に跨り続けて、最後はチームメートの肩を叩いて託しながら、チームカーに乗り込んだ。そしてタランスキーもまた、満身創痍で走り続け、ゴールラインを超えた。
  フランス人の活躍も見所だった。ペローとピノはもちろん、トニー・ギャロパンも、マイヨ・ジョーヌ着用とステージ優勝という2つの偉業を成し遂げた。やはりフランスを舞台にしたレース。フランス人が活躍することで観客も盛り上がり、見てるこちらも嬉しくなる。
  そしてバルベルデ。あと少しで表彰台、というところで失速。きっと悔しかっただろう。だがその翌年には、キンタナと共に表彰台に登れた。その未来を知っていれば、この辛いシーンも救われる。昨年悲運のヴァンガーデレンも、今年きっと報われてほしい。せめて表彰台に。

 

  改めて、ロードレースという競技の魅力を思う。それは、総合優勝という最も大きな勝利以外にも、ステージ優勝、ポイント賞、山岳賞あるいは敢闘賞といった様々な勝利がそこにある、ということだ。そしてそれは決して「総合優勝」のおまけではない。たとえ「最強」にまったく届かなくとも、全力を出し切り、我慢の末に運もあって掴み取って得た何かしらの勝利は、ときに総合優勝以上に称えられ、本人も涙を流すほどに歓喜する。そこには、人生における真理の一端が含まれているように感じる。
  今日もまたどこかでレースがあり、どこかで感動が生まれている。ベルギーのレースで、地元のチームの地元の選手が勝利し、空港で起きた悲劇に傷ついた国民の心を慰めた。またスペインでは、昨年度幾多もの悔しい2位を経験したアイルランド人が、グランツール優勝経験者たちを退けて偉大な勝利を達成した。
これだからロードレースはやめられない。最高のスポーツだ。

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