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ヘント〜ウェヴェルヘム

  ロードレースというのは単純に強い選手が勝つわけではない。いつどこでどのタイミングで仕掛けるか、あるいは仕掛けないか。その判断の僅かな差で勝敗が大きく分かれる。
  元々の力量の差は、その判断の正否によって簡単に覆される。先日のE3・ハレルベークも、スプリントの力量や実績だけを見れば圧勝間違いなしのサガンが、最後はまともにスプリントをさせてもらえないままクヴィアトコスキーに敗北を喫した。
  勝利のためにはいくつもの「正しい選択」を越えていかなければならない。果てしない緊張と決断の先にやっと、勝利の可能性が立ち現れてくるものなのだ。

 

  2016年のヘント〜ウェヴェルヘムでの勝利は、サガンにとって、まさにその「正しい選択」をいくつも乗り越えた先に手に入れられた栄光だった。
  彼はずっと、プロトンの中でチャンスを伺っていた。強い横風の吹く区間において、チームメートの力を借りながら集団の前方に出てくるようなことはあったものの、それ以外では寧ろ、極力目立たないよう身を潜めていた。
  それでも彼は、常にその男の動きを警戒していたのだろう。
  ラスト35㎞地点。最後の坂ケンメルベルグの頂上を通過する瞬間に、その男は飛び出した。サガンはこの瞬間を逃さなかった。一瞬のうちに男の背後に貼り付いて、そして直後の下り坂を利用して男を追い抜きながら、後続のライバルたちとの差を広げることに成功したのだ。
  男の名はカンチェラーラ。独走態勢に入ったら誰も手がつけられない「宇宙人」。その力は、引退を決めたこのラストシーズンにおいてもやはり衰えておらず、ケンメルベルグ頂上の時点で30秒先にいたはずのクズネツォフとの差を、一瞬にして0にするほどの独走力を見せつけた。
  しかしサガンは、3月頭のイタリア戦では取り逃がしたこの男を、このベルギーのレースではしっかりと捉えきった。この「正しい選択」は、この後の彼の勝利に大きく貢献することとなった。
  しかしまだ、勝敗を左右する「選択」はいくつも残されていた。

 

  残り20㎞。解説の飯島氏は言う。「単純なスプリント力ならばサガンが有利。しかしここまでくるとどれくらい体力が残っているか(が重要だ)」と。先日のE3では、まさにこの体力がまったく残っていなかったことが原因でサガンは敗北した。ならば今回、同じ轍を踏むわけにいかない。
  幸いにも今回は、独走力が常人を超えているカンチェラーラとの共闘態勢であった。しかもカンチェラーラは積極的に、長く前を牽く。その力は凄まじく、追走するのが世界チームタイムトライアル上位常連のエティックス・クイックステップ6人体制であるにも関わらず、そのタイム差はどんどん開いていく。
  サガンも頻繁に先頭交代を行う。残りの2人、セブ・ヴァンマルクおよびクズネツォフはほとんど牽引に回らない。ほとんど付き位置で前を牽かされて勝利を奪われたティレーノを彷彿とさせる展開であったが、それでも今回は、最強のライバルであるカンチェラーラがかなりの時間、牽引してくれていた。また、サガンも、逃げの途中からずっと苦しそうな表情をしており、次第にカンチェラーラが牽く時間が長くなりつつあった。もしかしたらそれは、彼なりの三味線だったのかもしれない。だとしたら彼は、これまでにない戦略を取ったのかもしれない。これも「選択」だった。
  そして残り2㎞、後続が追いつく心配が完全になくなり、逃げの4人が完全に牽制状態になったときに、サガンはしっかりと足を回復させることを選んだ。最終局面に向けて準備を万端にするため、ギアも軽くし、やはりカンチェラーラをできるだけ前に出し、その他の2名の動きを常に監視した。いつでも発射できるように、番手も3番手につけていた。
  残り1㎞を切り、残り500mに近づいて--ここでクズネツォフがアタック! 鋭い加速に、サガンは出遅れる。100mほど先行され、またいつものパターンか--そんな風に思ったのも一瞬。そのあとのサガンの伸びは圧倒的だった。唯一ついていけるのがカンチェラーラだったと思うが、そのカンチェラーラはすでに足を失っていた(あるいはラスト5㎞あたりから足を攣っていたという情報も)。
  最後は圧勝。しかしサガンはいつもの派手なガッツポーズはしなかった。ただその右手を小さく胸の前で握りしめ、最後に控えめに天に突き出した。この勝利は彼にとって、歓喜というよりもまずは安心、だったのかもしれない。

 

  サガンが正しい選択をして勝利を得た裏側で、エティックス・クイックステップはその選択を誤った。
  ボーネン、テルプストラ、スティバール、そしてガヴィリアと、強力無比なメンバーを揃えてきた「クラシック最強軍団」は、今回もまた、最後の勝負に加わることすらできなかった。
  解説でも触れられたように、ここにはロードレースの奥深さ、駆け引きが隠れている。単純に数が多ければ勝てるわけではない。ときにそれは大胆な攻めが封じられることになったり、ときにそれは他チームに警戒されてより長く先頭を牽かされ体力を削られることになったりと、うまく歯車が合わないことも多くあるものなのだ。
「人数が多いときこそ攻めなければならない。最後のケンメルベルグでチームメートを前に送れなかったことが敗因だ」と飯島氏は述べているが、まさにその、サガンが功を奏した選択を成し得なかったがゆえに、エティックスは敗北したのだ(代わりにそのタイミングをモノにしたクズネツォフやファンマルクは、見事表彰台をゲットした)。

 

  サガンももう26歳。すでにベテランと呼ばれる域に達する。元々勝負勘に優れ、よき選択を取る力に優れている。敗北も含めた経験を積み重ね、アルカンシェルの呪いも打ち破った虹色ジャージのスロバキア人が、今後1年間多くの勝利を手にすることを願ってやまない。


  また、今大会では、落車のあとにモトバイクと接触した選手が命を落とすという、あってはならない事故も発生した。
  奇しくもサガンと同じ90年生まれ。今年、コンチネンタルチームからプロコンチネンタルチームに移籍したばかりで、将来を嘱望されるベルギーの若手の1人であった。

  元より危険と隣り合わせのスポーツではあるものの、避けられたはずの事故であるならば、あるいはその蓋然性を極力低くすることのできる措置があるならば、早急に、その措置が講じられることを願うばかりである。

 

  謹んで哀悼の意を表します。

 

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