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ロンド・ファン・フラーンデレン

 怪童と呼ばれた男が、王となった瞬間であった。


 4月3日に行われたベルギー最大のレース、ロンド・ファン・フラーンデレン。今年は記念すべき100回目大会として――そして大会における最多優勝タイ記録保持者ファビアン・カンチェラーラが最後に走るフラーンデレンとして――大きな注目を集めた。

トップレーサー大集合 フランドルの石畳坂を舞台にした「クラシックの王様」 http://www.cyclowired.jp/news/node/195292

100回記念のロンドを迎えるオーデナールデ 前夜の雨に濡れたパヴェがプロトンの通過を待つ http://www.cyclowired.jp/news/node/195343


 255㎞に及ぶ長距離を、6時間以上かけて総勢200名の選手たちが走り抜ける。途中、18か所の石畳を含む激坂区間が選手たちを苦しめる。勝つのは真に強い者だけ。そして彼らもまた、運が味方しなければ決して勝つことはできない。
 勝負所は残り55㎞、2周目として通過する「オーデ・クワレモント」の激坂以降とされていたが、そこに至る過程で早速、長い歴史を誇るレースらしい狭く、整備されていないコースの洗礼を受ける選手たちが多数出てきた。
 先日の「モニュメント」ミラノ〜サンレモの覇者アルノー・デマールがまず、落車リタイア。さらに、今年度すでにサガンに対して2勝を遂げていた優勝候補の一角、BMCレーシングのグレッグ・ファンアーヴェルマートが、チームトレインごと巻き込まれた落車で鎖骨を骨折し、涙のリタイアとなった。彼は一週間後のパリ〜ルーベにおける活躍も期待されていただけに、残念すぎる結果となった。
 その他、これも優勝候補であったセブ・ファンマルクもまた、落車を経験した。サガン自身もバイクトラブルの憂き目に遭い、一時期ポジションを大きく落とした。

 それでも、いよいよ最終局面が近づいてくると、戦前から2強と言われてきたカンチェラーラペーター・サガンの2人が前方に上がってきた。昨年優勝者のアレクサンダー・クリストフ、そしてカンチェラーラと並んで過去3勝しているベルギートム・ボーネンの姿はない。代わって前方に飛び出してきているのが、今年、チーム・スカイに移籍してきた前世界チャンピオン、ミハウ・クフィアトコスキー。そして昨年度クリストフと最後の一騎打ちを演じたニキ・テルプストラ。さらには落車から復活し戻ってきたファンマルクである。

 勝負所の「2周目クワレモント」そして勝負の坂「パテルベルグ」を越えても集団に大きな動きはない。

 だが、残り33㎞。昨年の逃げ切り勝利を決定付けた最後から3番目の坂「クルイスベルグ」に近づきつつある中で、ついに、先頭集団を追うプロトンから、サガンと、そしてクフィアトコスキーが飛び出した。
 先日のE3でも見られた、新旧アルカンシェルコンビ。これに、少し遅れてファンマルクが飛びついて3名の逃げとなった。

 カンチェラーラは動かない。サガンを中心とした懸命な牽きで、タイム差はどんどん開いていく。しかしカンチェラーラは動かない。アシストのスティーン・デヴォルデルに任せきりだ。そのデヴォルデルも、すでに苦しい表情。
 開いていくタイム差。これは、カンチェラーラの判断ミスか。


 しかし、カンチェラーラが前に出ないことを見かねて、アスタナのアシスト選手が前を牽き始めた。さらにはカチューシャの選手も。そして、一度千切れたデヴォルデルも再び戻ってきて強力に牽引。それらの働きもあって、一時は40秒近い差が開いたサガンとのタイム差も、25秒近くにまで迫っていた。

 しかもこの間、カンチェラーラが前を牽くことは一度もなかったため、彼はほとんど足を使っていない。

 最後はスタミナが切れスプリント勝負で惨敗した一週間前のヘント〜ウェヴェルヘムの轍を踏まないためなのか。サガンの攻撃に慌てて反応せず、しっかりと足を温存させながら、最善の攻撃の機会を探る。

 まさに、一週間前に引き続いての、「正しい選択」の探り合い。
 ただ単に力と力とのぶつかり合いでない、経験に裏打ちされたクレバーな戦略をカンチェラーラは取ったのだ。そしてそれは成功したかのように見えた。

 あとはサガンとの25秒を一気に詰める「一撃」カンチェラーラが加えればいいだけ。そしてそれに相応しい舞台が目の前に迫ってきていた。

 残り17㎞。「3周目クワレモント」の激坂だ。
 ここで、カンチェラーラがついに発射した。ゼネック・スティバールも、ゲラント・トーマスも、これにはついていけない。サガンも負けじと加速。クフィアトコスキーがこれについていけず、そして後ろから迫ってきたカンチェラーラにあっという間に追い抜かれる。

 ファンマルクはかろうじてサガンに食らいつく。その10秒後ろに、一気に追い上げてきたカンチェラーラ。これにテルプストラだけが追いすがる。

 カンチェラーラの加速は凄まじかった。しかしサガンもまた、余力を残していた。ギリギリのところでカンチェラーラに追いつかせはしなかった。

 この「ギリギリ」の差が、このあとの展開を決定付けた。


 最後の坂「パテルベルグ」。360mと短いながらも、平均13%、最大勾配20%超の荒れた石畳の激坂。ここでサガンは、シッティングのまま静かに加速した。ファンマルクはダンシングでもがくがついていけない。カンチェラーラもまた、テルプストラを引き離して加速し、ファンマルクには追いついたものの、サガンとの差は、むしろ開いてしまった。

 何かが乗り移ったかのような、静かで、しかし有無を言わせない圧倒的な登坂力。まるで6年前の、カンチェラーラによる伝説的な「カペルミュール」の登りを再現したかのようなサガンの走りであった。
 そしてそのあともまた、サガンの走りは完璧であった。
 最後の坂「パテルベルグ」も終わり、残りは10㎞の平坦である。サガンカンチェラーラのタイム差は15秒。2人とも、残りの道程はほぼ個人タイムトライアル状態となるわけだが、今年に入ってからもタイムトライアルで2勝しているカンチェラーラに対し、サガンはあまり有利とは言えないのではないか、と思われた。

 しかしサガンは、冷静に、むしろ余裕があるかの様子で、美しく、無駄のない高ケイデンスの走りを見せていた。まるで、全盛期時代のカンチェラーラの走りを見ているかのようだった。最初こそ順調に縮んでいた両者のタイム差も、やがてみるみるうちに広がりを見せ、25秒差近くにまで広がっていったのだ。あのカンチェラーラに対し、サガンが、平坦における独走で競り勝っている。

 ここまでくると、サガンの勝利はほぼ確実なものとなった。

 私は、信じられない思いでその光景を見つめていた。


 確かに、サガンは確実に成長していた。
 2012年、初出場でいきなりステージ3勝とポイント賞ジャージを奪い取ったツール・ド・フランス。そこから4年連続でポイント賞ジャージを獲得し続けていること自体は凄いものの、その本物の強さを警戒され、段々とツールでの勝利も少なくなっていった。2014年からは2年続けて勝利なしである。

 オーナーのティンコフ氏にも様々な煽りを受けつつ、失意のブエルタ途中リタイアからの世界選手権優勝は、彼にとって久々の栄光であった。そして、サガンという男が、奇抜なゴールパフォーマンスや言動だけでなく、確かな実力をもった一人の名選手であることを証明する記録であった。確かに彼は間違いなく強くなっていたのである。
 しかしそれでも、その後の半年間は勝利が全くなかった。2月以降多くのクラシックレースなどで、2位は次々に取るのだが、肝心の優勝にいつも手が届かなかった。
 今年も苦しい1年を過ごすのか。そう誰もが思っていた中で、一週間前のヘント〜ウェヴェルヘムにてついに、優勝を自らの元に手繰り寄せた。
 そのときのことを私も記事にしている。

suzutamaki.hatenablog.com 

 その勝利には、単にフィジカルやテクニックの成長だけでない、「怪童」として注目されていた男が、一人の名選手へと成長したという事実が込められているのだ、と私は確信していた。


 その確信が、このロンドの勝利で、圧倒的な勝利で、さらなる強い確信に変わった。
 サガンはもう、単純に一人で勝利に向かうがむしゃらな男ではない。常に全力で、出せる力で正面から勝負するだけの男ではない。
 彼は適切なタイミングで飛び出し、いざという時のために力を貯めておき、勝負所でも冷静に、無駄のない戦い方で確実に勝利を手にする走りを手に入れていた。
 それは単純な「天才」であることを彼が脱し、経験と戦略に満ちた「名人」へと大きな進化を遂げたことを意味していた。


 勝つべき者は、すべてを手に入れた状態になる。平坦での独走力も、激坂での登坂力も、そして落車に巻き込まれぬ運の強さも、そのときのサガンにはすべてが備わっていた。
 ロンド・ファン・フラーンデレンという、「クラシックの王様」において、サガンは今、怪童であり続けることを止め、世界チャンピオンの証であるアルカンシェルの責任を受け入れ、そして栄光への道を独りで進むことを許され、導かれ、今、「王」となったのだ。
 だから彼は、そのゴールラインを超えるとき、かつてしていたような型破りなガッツポーズは見せなかった。かといって、勝利に闇雲に喜んだり、安心した様子だけを見せるようなものでもなく、ただ優雅に、堂々と両手を広げ、観衆たちへの感謝の気持ちを込めた、威厳あるガッツポーズを見せつけた。
 だが、ゴール後は、いつもの「ウイリー」も見せ、「サガンらしく」あることも忘れない。それを愛してくれているファンたちへのサービスも怠らないところが、サガンサガンたる所以でもある。


 彼はただ強いだけの選手ではもう、なくなった。
 彼はこれから、一段と敬意を向けられる存在となるであろう。
 彼はもう、あらゆるクラシックを、モニュメントを、獲得するだけの資格と資質がある。
 ぜひとも来週のパリ〜ルーベ、そしてその他の多くの名レースでの勝利を積み重ねていってほしい。


 彼は間違いなく、歴史に残る名選手となるであろう。
 そしてそのとき、この2015アルカンシェルから2016ロンド制覇までのこの時期が、まさに彼が「王」になった瞬間として記憶され続けることを切に願う。

 


 そしてまた、かつての「王」も、最高の走りを見せてくれた。
 ファビアン・カンチェラーラは、観衆への感謝の気持ちを込めて両手を広げながらゴールした。
 そのあと、控室に入ったカンチェラーラが、涙を流すシーンが映像に映った。

 間違いなく彼は悔しいだろう。引退を決め最後に挑んだフランドル。4勝という前人未到の記録を打ち立てて花道としたかったはずだ。
 一方で、彼は決して悔いの残らない、全力の走りを披露することもできたはずだ。サガンはそのカンチェラーラを超える走りを見せただけだ。まるでかつての自分と同じように。

 カンチェラーラはインタビューで、"I'm not a super man."と語った。彼はいつまでも自分が「王」であり続けることはできないことを悟っていた。だからこその引退宣言であったわけだが、最後の最後で、自身を超える存在を目の前にして、ギリギリの戦いができたことに、満足する部分もあったのではないだろうか。
 すべて私の勝手な考えではあるが、それでも、表彰台における、サガンとの強い抱擁を見て、私は、カンチェラーラにとってある意味で、ベストなラスト・フランドルを飾れたのではないかと、やはり勝手に考えている(もちろん1位は取りたかったはずだし、インタビューでもそれを思わせることを言ってはいた。それでも、と私は思う)。

 


 この春、ベルギーの人々は多くの悲劇を経験した。空港で起きたテロ、レース中の事故や心臓発作で亡くなった2人のベルギー人選手。レース中も、亡くなった仲間のTシャツを着て、喪章をつけて、勇敢にトップグループで逃げ続けたチームメイトの走りが光った。
 これだけの悲劇を経験しながらも、ベルギーの国民は皆、自転車を愛している。そしてポディウムに立つ選手たちに等しく喝采を捧げる。
 自転車レースというのは近代化していく中で数多くの矛盾や欠陥を抱えつつもある。
その中で、こうして自転車レースを愛し、支えてくれる人々がいることで、それは永きに渡り存続し拡大し続けていくことができるのだろう。

「王」は、この観衆の思いに応えなくてはいけない。
 だが、私はサガンという男には、その責任に応えるだけの実力と、そして人間性があるのだと信じている。
 そして私自身もまた、そのようにして自転車レースを愛し、支える側となっていきたい。

 

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