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パリ~ルーベ

 誰もが予想しなかった人物が勝利した。

 マシュー・ヘイマン。37歳オーストラリア人。生粋のアシストとして活躍を続け、16年という長いプロ生活の中で勝利は1回だけ。

 しかしまた、彼の勝利は必然でもあった。彼はプロ入りの年からパリ〜ルーベを走り続け、その経験値はボーネン以上。2012年のパリ〜ルーベでは8位にも入っている。

 そして彼は、今年のパリ〜ルーベで、誰よりも可能性の少ないところで誰よりも執念を見せた。残り182km地点で形成された16人の逃げ集団に、彼は入っていた。その後から始まる石畳地獄。残り95.5kmの最初の5つ星「アランベール」なども経て、多くのメンバーが脱落していく中、残り63.4kmの逃げ吸収の後も、先頭集団に根気強く残り続けた。

 残り19.5kmの第5セクターでイアン・スタナード、トム・ボーネン、セップ・ヴァンマルク、エドヴァルド・ボアッソンハーゲンという、誰が勝ってもおかしくない強豪選手たちが飛び出した。その中に、ヘイマンも入り込んでいた。しかもただ入り込むだけではない。先頭を牽引し、危なげなく急カーブを曲がり、ベテランの技量を如何なく発揮していた。

 残り17kmの最後の5つ星「カルフール・ド・ラルブル」でヴァンマルクがアタックを仕掛けたとき、ヘイマンは一度引き離され、画面には彼を除いた4人しか映らなくなった。さすがにこれはもう、この4人で決まりか、と栗村氏もコメントした直後、第3セクターに入る瞬間に彼は先頭メンバーに戻ってきたのだ。地力でいえばこの5人の中では最も小さいといえるだろう彼がこのとき、執念で戻ってきたことが、その後の運命を決定付けたのかもしれない。

 

 この残り15kmは全く読めない展開であった。ヴァンマルクのアタックは決定的なもののように思えたが、王者ボーネンの執念とスタナードの粘り強さでもって残り12kmで吸収。残る石畳が大したものではない以上、もはや力ではなく、タイミングによる勝負となるだろう、と栗村氏の言。まさにその通り、残り6km、絶妙なタイミングでスタナードがアタックし、これこそ決定的なもののように思えた。

 しかしこれもまた、ボーネンが執念の追走。そして先のアタックでさすがに足を使い果たしたのではないかと思われていたヴァンマルクがさらなる追撃を加え、残り5.3kmでスタナードが吸収される。さらにヘイマンの果敢なアタック、ボアッソンハーゲンのカウンター、そしてヴァンマルク。次から次へと繰り出されるアタックをすべてボーネンが抑える。ベロドロームに入りさえすれば最も勝率が高いのがボーネン。彼はひたすら攻撃に反応し続ければいい、という状態。

 にも関わらず、残り3.7kmでボーネンが自らアタック。このカウンターでスタナードがさらなる飛び出し。「決まるぞ!」と栗村氏が叫ぶ。だがこれもまたボーネンが抑え、そのカウンターで2度目のアタック。誰もが全力で足を使い、誰が勝つのか全く予想がつかない展開に雪崩れ込んでいく。遠慮のない打ち合い。牽制だとかつき位置だとかいったものの一切ない、真剣勝負そのものの展開。

 そして残り2.2km。後続と差をつけたボーネンに向けて、後続4名から唯一飛び出したのが、ヘイマンだった。彼は一気にボーネンとの差を詰めて、そしてこれを追い抜いた。「カルフール・ド・ラルブル」で一度置いて行かれたはずの彼が、ここでまさかの足を見せたのだ。もちろんボーネンも追い付く。しかし残り3人はここについてこれない。

 それでも、ベロドロームに入った後の残り1kmで、最終的に5人全員が固まってのスプリント勝負になった。先行するのはヘイマン。その後ろからボーネン、ヴァンマルクが一度これを追い抜き、しかしスタナードがさらに外側から追い抜いて行った。

 最後の直線に入ってもまだヘイマンが先頭。その後ろから迫るボーネン。だが、ヘイマンの足は緩まない――そして、大金星。16年間のプロ生活における2度目の勝利を、全ロードレーサーの夢とも言われるこのパリ〜ルーベの勝利で飾った。

 勝利の直後、自分が勝った、ということに実感が沸かず茫然とするヘイマンの姿は印象的だった。本人すらも信じられないようなこの勝利は、しかしやはり、必然のものだったのだ。

 彼は誰よりも強かった。120km近くを逃げ集団の中で過ごし、それが吸収された後も粘り強く残り、最高難易度の石畳で一度引き離された後も執念で復帰し、その後もチャンスを見つけてアタックすら繰り出した。それが失敗してもなお、最後の真剣勝負のスプリントで、王者たちを捻じ伏せて勝利したのだ。彼が勝利した理由に、偶然も奇跡も存在しない。彼は間違いなくこの日、誰よりも強く、そして勇敢で我慢強かったのだ。栗村氏も言う。「勝った選手が強い選手だ」と。

 

 最も勝利を期待されていたのがファビアン・カンチェラーラ、そして2週連続でクラシック勝利を成し遂げているペーター・サガンであった。この2人が、ステージ中盤において後続集団に取り残されたことが、表彰台の3人がまさにそこに立てた理由の1つとなるだろう。

 では彼らが後続に取り残されたのは偶然だったのか。

 いや、そうは思わない。

 残り114.8km、第20セクターで発生した落車によって、集団が分裂した。そのとき、後方の集団の中に、カンチェラーラサガンが取り残された。これを知った集団前方のエティックス・クイックステップは、主にトニー・マルティンの牽引によって、あっという間に後続集団とのタイム差を稼いでいった。

 栗村氏もこの状況を少し楽観視していた。まだ最初の5つ星「アランベール」にも入っていない段階。後続の集団には主力選手も多くおり、この分裂が勝敗を決定付けることはないだろう、と。

 だが、現実はそのようには動かなかった。ほぼマルティン1人だけの牽きで、タイム差はじわじわと広がっていく。後続も、サガンカンチェラーラのチーム以外は協力しようとはせず、その2人のチームのアシストもまた、数を揃えられていなかった。

 そもそも、いつどんなトラブルが起こるかわからないパリ〜ルーベの、しかも石畳区間の中で、集団の前方に位置取ることができていなかった時点で、この展開はサガンカンチェラーラにとって、必然的なものだったと言えるだろう。逆に、かなりの数のチームメイトを、レース序盤から常に前方に待機させていたエティックスの、明確な作戦勝ちといえる展開だった。ここ最近のクラシックでも同様の作戦を展開させつつも勝利を掴めずにいたエティックスであったが、その方針を変えず今大会でも「勿体ない」と栗村氏にも言われながらもマルティンに積極的に牽引させる方針をとったエティックスは、今大会こそ、その戦略が型に嵌った結果となったのだ。

 もちろんそれでも、エティックスは勝てなかったという結果が残った。それでも今回は、これまでのように悔いが残る結果ではなかったのではないか。ボーネンは十分に強かった。そのボーネンが2位に入れたのも、マルティンや、後続集団で先頭交代の妨害を続けてくれていたトレンティンなどの、献身的なアシストの成果であった。最後にボーネンが勝てなかったのは彼の所為ではなく、ただ単純に、それ以上にヘイマンが強かったからだ。

 また、表彰台で3位につけたスタナードもまた、ルーク・ロウとの連携があってこそ最後の5人に残れたし、チームとしても序盤から積極的な逃げを展開していた。先のE3やフラーンデレンなどもそうだが、ステージレースだけでなく、クラシックにおいても、スカイというチームは十分な存在感を発揮できている。

 

 パリ〜ルーベは、勝利するためには運が必要なレースであると、放送の中でも語られていた。去年のサガンも終盤のバイクトラブルで勝負に絡めなかったように、例年の戦いではそういう場面も多くあるのだろう。

 だが、今年のレースに関しては、そのような運命の不条理さを恨むような展開はなかったように思える。すべての結末が、必然に満ち溢れているように思える。その意味で、今年のパリ〜ルーベは間違いなく名勝負であったと言えるのではないか。

 少なくとも言えるのは、このレースの勝利に定石は存在しない、ということ。常にそのときそのとき一回限りのレースの展開の中で最善を尽くすこと。その積み重ねの中で、最後に栄光を手に入れることができるのだ。

 そして今年の勝者ヘイマンは、その意味でパリ〜ルーベの勝者として相応しい男であったと、断言できるだろう。

 

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