りんぐすらいど

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ツール・ド・フランス2016 第1ステージ

  マーク・カヴェンディッシュが勝利した。メルクス、イノーに続く、史上3番目のツール区間勝利数記録を保持するこの男が、ついに自身初のマイヨ・ジョーヌ着用を果たした。自国開催となった2年前、無理な競り合いによりチャンスを失ったあの日へのリベンジでもあった。そして3年前、力と力のぶつかり合いで敗れ、それまで4年間連覇を果たしてきたシャンゼリゼでの勝利すら奪いとった、ドイツ人のライバルをも真っ向勝負で打ち負かしての勝利であった。
  それは27回分の1の勝利というだけではない。ゴール後、自分を支えてくれたチームメートたちと抱き合う姿は、かつて連勝に連勝を重ねてきた最強時代を思い出させるような姿であった。「俺たちはまだ終わってはいない」。そんな思いのこもった会心の勝利によって、今年のツール・ド・フランスがいよいよ開幕した。

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両手を挙げてゴールするカヴェンディッシュ。jsportsより。

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ゴール後、チームメートと抱き合うカヴェンディッシュ。jsportsより。

 


  第103回ツール・ド・フランスは、世界遺産モン・サン・ミシェルからスタートした。そして今から72年前の「ノルマンディー上陸作戦」の舞台となったユタ・ビーチへと到達する188㎞。全体としては平坦ステージであり、初日勝利によるマイヨ・ジョーヌ獲得を狙う一流スプリンター同士の激しい戦いが予想された。

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「西洋の神秘」モン・サン・ミシェル。今年のグランデパールの舞台となった。jsportsより。

 

  そのため逃げは比較的少ない数で、かつファーストアタックで決まる形となった。来年からは新たなスポンサーを迎え、ワールドツアーチーム入りを目指していると噂されるボーラ・アルゴン18から2名。そして今期でチーム消滅が噂されているIAMサイクリングから1名。ある意味対極のチーム同士である。なお、ボーラ・アルゴンのヤン・バルタは、昨年もラインレース初日で逃げに乗っている、チェコの元TTチャンピオン。昨年は翌日も逃げに乗っていたが、今年は果たしてどうだろう。2014年にも第3ステージで逃げに乗るなど、本当に積極的な動きを見せてくれる選手である。
  そして、ステージ優勝を獲得できないことがほぼ宿命づけられた逃げグループの中で、それでも唯一許された「初日マイヨ・ア・ポワ・ルージュ(山岳賞ジャージ)」獲得の権利を得たのが、ボーラ・アルゴンのもう1人の選手、ポール・ヴォスである。ノルマンディー上陸作戦を意識した今ステージの最初の勝利は、まずはドイツ人、すなわち枢軸国側にもたらされた。
  同じく例年、積極的な逃げを見せている選手が、(去年まではブルターニュ・セシェという名前だった)フォルトゥネオ・ヴィタルコンセプトのアントニー・ドゥラプラスである。特に今日のゴール付近は彼の故郷でもあり、この日も、絶対に逃げに乗るつもりでいたはずだ。
  だから、最初のアタックで逃げには乗らず、山岳賞争いはパスした彼は、「同盟国」アメリカのアレックス・ハウズと共に追走を仕掛け、見事先頭集団への合流を果たした。
  横風区間や中間スプリントポイントでのペースアップにより、逃げグループとメイン集団とのタイム差が急速に縮まる。デュラプラスはハウズとともにこの逃げグループから脱出。残り5㎞の地点まで逃げ続けることに成功し、デュラプラスは見事、地元ステージでの敢闘賞獲得を果たした。ノルマンディー決戦第2戦は、連合国側のフランスが勝利する形となった。

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敢闘賞を獲得した地元出身のデュラプラス。jsportsより。

 

  そしていよいよ、今ツール最初の集団スプリント決戦となった。トニー・マルティンが牽引するエティックス・クイックステップ。エドヴァルド・ボアッソンハーゲンが牽引するディメンション・データ。そしてもちろんロット・ソウダルもトレインを組み、その間に世界チャンピオンジャージのペーター・サガンが最適の場所を探して単独で動いている。「その日の最強」を嗅ぎ分ける力が非常に強いサガンが選んだのは、もちろん今ステージ勝利の最右翼、マルセル・キッテルの背中だ!
  だが今年のサガンは、ただ単に「勝者の背中」だけに貼り付いて、きっちりと2着を取り続けてポイント賞を第一に狙う、なんていうことはしないサガンだった。ゴールまで残り300m地点で、サガンは自ら飛び出した。キッテルの背中を抜け出し、風を真正面から受け止めて、単独でゴールに向かった。だが、彼の挑戦はあまりにも早すぎた。冷静にペースを上げていったマルセル・キッテルがしっかりとサガンを追い抜いて、誰もが予想していた「出場機会3連続初日ステージ優勝」を果たすか、と思われていた。
  しかしその次の瞬間、あの男が飛び出してきた。プロトンの右側から姿を現したこの男は、昨年の第2ステージのような失速をすることなく、先頭を維持したままゴールに飛び込んだ。キッテルの悔しそうな表情を尻目に、新しいジャージを着たイギリス最強のスプリンターは、両手を天に突き上げた後、いつもの、両腕を前に突き出すガッツポーズを見せつけた。
  ゴール後に栗村氏が解説した通り、このときのカヴェンディッシュはかなり戦略的な走りをしていた。サガンがキッテルの背中に貼り付いたのは前述の通りだが、その後サガンが先頭に出た際には、そのサガンの背後にカヴェンディッシュがついたのである。そしてサガンが失速していく中で加速を始め、進路を変えてキッテルを差し切るラストスパートを決めた。
  完全なる真っ向勝負ではもしかしたらまたキッテルには敵わなかったかもしれない。しかしわずか数秒の攻防の中で、最も優れたルートを選択して勝利を手に入れたカヴェンディッシュの走りは、ただ単に力だけではない、経験に裏打ちされた本当の意味での「最強スプリンター」としての面目躍如と言える走りだった。

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まず最初に飛び出したのがサガン。その後ろにカヴェンディッシュがついている。jsportsより。

 

  いずれにしてもカヴェンディッシュは勝利した。そして「ツール最強の証」たるジャージをまずは手に入れた。翌日にはきっとそれを失うことにはなるだろう。だが、2人の子供を抱えるこの伝説的なイギリス人の最高の笑顔で、今年のツールが開幕したことは非常に喜ばしいことだ。

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自身初のマイヨ・ジョーヌ着用を果たしたカヴェンディッシュ。jsportsより。

 

  一方で、悲しいこともあった。コンタドールが、初日から落車してしまったのである。今のところは大きな怪我とはなっていないようではあるがーー落車というのは癖になる。2年前のような悲劇が巻き起こることだけは、なんとしてでも避けたい。
 とにかくこの最初の1週間で、不本意な怪我・病気によるリタイアが発生しないことを切に願う。すべての選手が全力で、すべてを出し切って戦えるツールとなることを望む。

 

www.jsports.co.jp

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