りんぐすらいど

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ツール・ド・フランス2016 第9ステージ

 スペイン国内からスタートし、ピレネーの山中を巡り、最後はアンドラ公国に入り、超級山岳アンドラ・アルカリスの山頂でフィニッシュする184.5km。超級のほかに1級が3つ、2級が1つ含まれるクイーンステージだ。

 しかも悪天候が選手たちを苦しめた。ゴール地点では大粒の雹を含む豪雨が降り注いでいた。そんな過酷なステージのラスト13kmで、先頭集団から飛び出したのがトム・デュムラン。昨年ブエルタグランツール総合優勝を狙える才能を開花されたこの男が、少し勾配の緩いところで加速し、そのまま一定ペースで逃げ切るという得意のパターンで勝利を掴んだ。

 これで、グランツール3連続出場+ステージ優勝を遂げたことになる。今年はこのあとのオリンピックに焦点を当てているのだろうが、来年こそは、オランダ人としてはズートメルク以来40年ぶりとなる、グランツール総合優勝を目指してほしいものである。クライスヴァイクと共に。

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マイカ、ピノといった強力なクライマーたちを引き千切っての勝利。平地の国出身の男の大快挙である。jsportsより。

 

 

キンタナの戦略

「また今年も早速フルームがマイヨ・ジョーヌを手に入れた。これで今年のツールも決まりか」みたいな声がよく聞かれる。だから、今年もつまらないのではないか、と。

 だが、果たしてそうだろうか。

 序盤で強力な一撃を決め、そのまま最終ステージまでリーダージャージを着続けた過去2回のツールとは、今回、状況がいささか異なっている。

 まず、昨日のマイヨ・ジョーヌ獲得劇は、あくまでもフルームの、これまでになかった奇襲による獲得であり、それによって得られた総合タイム差も、キンタナとの間では23秒に過ぎない。

 何しろ今回のピレネーは、最初の2回のステージが、険しい山脈を超えるものの下り坂ゴールという構成。ピレネー唯一の超級山岳山頂ゴールとして設定されたこの第9ステージで、フルームは決定的なタイム差をつけるつもりでいたはずだ。

 

 その一撃は、おそらくは残り6~7kmで繰り出されるはずだった。

 その距離が、過去、アクス・トロワ・ドメーヌ(2013第8ステージ)、モン・ヴァントゥー(2013第15ステージ)、ラ・ピエール・サン・マルタン(2015第10ステージ)といった過去フルームが勝負を決めた山頂ゴールステージにおける、「アタックを開始した距離」、すなわちフルームの「射程距離」なのだ。

 そして今回もまた、残り5~6km地点で、フルームがアタックを仕掛けた! 最初にエナオモントーヤを行かせて、その後のリッチー・ポートのアタックを見定めて、それを吸収した次の瞬間に、必殺の一撃を繰り出したのだ!

 だが、この瞬間、やはりこの男がついてきた。

 ナイロ・キンタナ。今大会でフルームが最も恐れている男。コンタドールもアルもポートもドーフィネで下せたものの、キンタナについては未知数の状況である。

 昨年は、サン・マルタンで一気に引き離すことができた。2013年では先行していたキンタナに後ろから追い付いてやがて引き千切った。

 

 だが、今年最初の激突で、キンタナはしっかりとフルームの背中に張り付いた。

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フルームの鋭い一撃にポートは一瞬で沈んだ。しかしキンタナだけがぴったりと貼りついた。jsportsより。

 

 激しい風雨に、いつものアタックほどの鋭さが失われていたのかもしれない。いずれにしても、この日の攻撃が不発に終わったことを知ったフルームは、ただちに矛を収めることにした。ペースを落とし、後続のポート、そしてダン・マーティンなどの集団に再び吸収されるフルーム。

 キンタナはフルームの背中から、決して飛び出そうとはしなかった。マーティンが2度に渡るアタックを仕掛けても、ポートがペースを一気に上げても、キンタナは決して前に出ようとはしなかった。

 キンタナはわかっていた。フルームは彼自身の守備力も高く、多少の攻撃は彼1人でも簡単に回収できてしまうということを。そして本当に怖いのは、そこから繰り出される彼のカウンターであることを。

 だからキンタナは、バウク・モレマのアタックに自ら飛び出して反応するフルームの背中に、ポートのさらなる攻撃にやはり自らチェックを仕掛けるフルームの背中に、ただひたすら貼り付き続けていた。

 その表情は苦しそう。だからこそ、フルームの背中を離れない。今、十分に力が残っているフルームに攻撃を仕掛けても、それを引き千切ることはできない。

 キンタナの戦略は、「その瞬間」が訪れるそのときまでは、決して攻撃を仕掛けない、徹底した「守備」を固めることに決めたのだ。

 

 もちろん、守ってばかりでは勝利できない。そしてフルームのこれまでの戦略は、まず一撃を加えてリードを作り、その後はライバルの攻撃をその都度潰していく、ときに貯金を切り崩す形でリードを守り切る、そういった防御中心の戦い方をし続けてきた。それは、今年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネもまた、同様であった。

 だが、今年は、まだ23秒しか稼げてはいない。

 そして今日の一撃は見事に封じ込められてしまった。

 実は、今年のフルームは、「これまでの勝ちパターン」を踏襲できていないのである。

 だからキンタナは、このまま守り続けることを選ぶ。

 彼の念頭にあるのは、去年の第3週。第19・20ステージでフルームとのタイム差を2分縮めた事実である。去年は第2ステージで1分30秒を失ったことで敗北した。だが今年はそのタイム差が23秒である。

 だからキンタナはまずこの第1週を、ひたすら守ることに決めた。

 そしておそらく、第12ステージのモン・ヴァントゥーでも、同じように守りに徹するはずだ。

 そうやって、チーム・スカイの、そしてクリス・フルームの体力が失われることを待って、バルベルデ、アナコナといったチームメートと共に波状攻撃を仕掛け、フルームを引き千切る瞬間を狙っていくはずだ。

 その作戦の第一段階はまず、成功した。

 次の山場は、モン・ヴァントゥー。そしてその翌日の個人タイムトライアルで自分が可能な限りタイムを失わないこと、である。

 フルームはほとんど隙のない、最強のライダーである。

 だが、彼を倒すことのできる、ほぼ唯一のライダーであるキンタナは、その勝利を決して諦めていない。

 だからこそ今年のツールは、まだまだどうなるかわからない。

「もはや勝負は決まった」などとは、決して言えない状況なのである。

 

 そしてフルーム、キンタナに続く表彰台3位争いもまた、予想が難しい状況となっている。今のところ、ダン・マーティンはドーフィネに続いて調子がいい。果たして第2週・第3週もこの状態を続けられるのか。

 ポートは序盤の落車によるタイムロスが痛いところだが、今のところその状態はヴァンガーデレンよりも良いようだ。これもまた第2・第3週で状態が続くかが見ものだ。

 そして、何よりも期待したいのがロメン・バルデ。今日のステージではキンタナ同様ずっと身を潜めていた。だが、それは彼が力がないから、ではないことを願っている。モビスターと比べてチーム力に期待ができないバルデにとって、本気で総合上位を目指すのであれば、まずは無駄にタイムを落とさないようにすること、やはり守りの走りである。

 今後のステージでバルデがどんな風に立ち回るのか、これもまた期待できるところである。

 バルデ、マーティン、ポート、あるいはアダム・イェーツ。総合3位争いの行方もまた、見逃すことができない。

 

www.jsports.co.jp

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