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オムロープ・ヘット・ニウスブラット2018 アスタナの「チーム」が掴んだ勝利

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一瞬の隙をついて、集団から飛び出したヴァルグレン。

その判断の的確さと、アタックの鋭さは見事であったが、決して優勝候補ではなかった彼の勝利の要因となったのは、カペルミュールを越えてなお3名を残していたアスタナのチームとしての強さであった。

 

さらに言えば、ただ3人いる、というだけでなく、彼ら3人がそれぞれ役割分担を明確にしていたからこそ、これだけ上手くいったのだと言える。

 

 

ミケル・ヴァルグレン。

アレクセイ・ルツェンコ。

そして、オスカル・ガット。

 

北のクラシックでの優勝候補とは言えない彼ら3名が、如何にしてオムロープの勝利を手に入れたのか。

 

今回はその理由を探っていきたいと思う。

 

 

 

カペルミュールの役割

今年で73回目を迎えたオムロープ・ヘット・ニウスブラット(オンループ・ヘットニュースブラッド)は、大きな変革をコースに取り入れた。

すなわち、ゴール地点をこれまでと同じヘントではなく、2011年までのロンド・ファン・フラーンデレン(ツール・デ・フランドル)と同じニノーフェへと変更したのである。

ゴール地点だけでなく、そこに至るまでの道のり、すなわち、伝説の「カペルミュール」とボスベルクを経てゴールに至る16kmを再現したのである。

suzutamaki.hatenablog.com

 

昨年のロンド・ファン・フラーンデレンでも久方ぶりにカペルミュールが復活したものの、それはゴールまで90km以上残した地点であった。

対して今回はゴール前16km。2010年のロンドでカンチェラーラが見せたような劇的な独走勝利など、ドラマを生み出しうる新コースレイアウトは、大きな期待を呼び起こしていた。

 

 

果たして、このコース変更は主催者の思惑通りに働いたのか。

 

結論から言えば、それは半分成功し、半分失敗した。

 

まず、今回のカペルミュールで決定的な動きを見せようとしたのはセップ・ファンマルケであった。

カペル(教会)へと至る石畳の急坂を、彼はファンアフェルマートらを突き放し、独走した。

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この後、集団から抜け出したスティバールと合流し、2人だけでラスト16kmの道程に乗り込んだファンマルケたち。

 

しかし結局は、最後のボスベルクを前にして、彼らはファンアフェルマートらの追走に飲み込まれてしまう。

 

 

なぜファンマルケたちが逃げ切れなかったのか。

彼自身の独走力の物足りなさ、スティバールとのマッチスプリントでは分が悪いと感じた、スティバールとの協調体制をうまく築けなかった、など様々な理由があるだろう。

放送の中で綾野氏が述べていたように、本家ロンドと比べてここまでに至る道のりが短いことで、追走集団の体力も有り余っており、突き放しての独走ができる状態ではなかった、という理由もあるかもしれない。

 

いずれにせよ、今回のカペルミュールは、唯一の勝者を決める決定的なポイントとはなりえなかった。

その意味で、主催者の意図は半分、叶えられずに終わった。

 

 

一方で、やはりこのカペルミュールは、今大会の優勝を決めるにあたって、決定的な役割を果たしたとも言える。

 

カペルミュールは唯一の優勝候補を決める役割を果たせはしなかったが、確実に集団をバラバラにし、そして真の実力者のみを最終局面に送り込む、という役割を果たしたのだ。

 

 

カペルミュールの洗礼を経て、「生き残った」のは以下の11名。

 

  • セップ・ファンマルケ(チームEFエデュケーションファースト)
  • ゼネク・スティバール(クイックステップ・フロアーズ)
  • グレッグ・ファンアフェルマート(BMCレーシングチーム)
  • ダニエル・オス(ボーラ・ハンスグローエ)
  • ワウト・ファンアールト(フェランダース・ウィレムスクレラン)
  • オリバー・ナーセン(AG2Rラ・モンディアル)
  • ミカル・ヴァルグレン(アスタナ・プロチーム)
  • オスカル・ガット(アスタナ・プロチーム)
  • アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ・プロチーム)
  • ソニー・コルブレッリ(バーレーンメリダ)
  • マッテオ・トレンティン(ミッチェルトン・スコット)

 

そして、わずかに遅れながらもやがて追い付いて来れたのがチーム・スカイのルーカス・ヴィシニオウスキーとクイックステップ・フロアーズのイヴ・ランパールト。

ただしランパールトは息も絶え絶えで、ボスベルクで再度遅れを喫してしまい、スティバールのアシストをできるような状況ではなかった。

 

 

すなわち、カペルミュールを経て生き残った選手たちの中で、チームメートを含めることができたのはアスタナのみであったのだ。

しかも、3名。

 

このことが、最終的なヴァルグレンの勝利へと繋がったことは間違いない。

 

 

 

アスタナの3名の役割

ただし、この3名が「ただいる」だけでは何の結果を生み出せない。

これまでも、「数の有利」はあれど、それが何ら効果的な役割を果たせずに終わった事例は枚挙にいとまがない。

 

しかし今回のアスタナに関しては、その不安は杞憂に終わった。

アスタナのカペルミュールを乗り越えた3名、すなわちヴァルグレン、ルツェンコ、ガットの3名は、それぞれがそれぞれの役割を的確にこなしていた。

 

 

まずはミケル・ヴァルグレン。

今年26歳になるデンマーク人ライダーで、これまでは母国デンマーク以外での勝利はなかった。

実力はあるがまだまだトップライダーの仲間入りは果たせていない、そんな印象の選手である。

 

彼はこの3人の中で、最も実績の少ない選手であった。

だからこそ彼は、3人の中で最も積極的に動くことを決めていた。

 

"After the Muur we got away in a big group," Valgren said. "We had three guys and we needed to do something because we had some fast riders. We had Oscar there and Lutsenko who is also fast, so it was up to me to attack. I counter attacked Sep Vanmarcke and they were looking at each other for just five seconds and I was away.*1"

「すべての急坂を越えたのちに形成された大集団に、僕たちは3名を入れることができた。そして僕たちは、何かをしなければならなかった。なぜなら、この大集団の中に、何人かの強力な優勝候補がいたから。アスタナとしても、ガットやルツェンコが彼らと競い合うことは十分できると思っていた。だから、アタックするならば自分がやらなければならなかった。僕はファンマルケのカウンターで飛び出して、彼らが5秒間、互いを見つめ合っている間に、タイム差を広げていったんだ」

 

 

 

実は似たような状況は、昨年のロンド・ファン・フラーンデレンでも生まれていた。

あのときもカペルミュールが登場し、そこでやはり3名を生き残らせることのできたクイックステップ・フロアーズの中から、フィリップ・ジルベールがラスト55kmの勇気ある独走勝利を成し遂げた。

 

ジルベールがそんな無謀とも言える賭けに出ることができたのは、後続にボーネンとトレンティンという、信頼できるチームメートがいたからだった。 

suzutamaki.hatenablog.com

 

 

今回の ヴァルグレンも同じ心境だったようだ。

ガットとルツェンコという信頼できるチームメートの存在があればこそ、彼はラスト11kmの平坦において、3度、4度と積極的なアタックを繰り返すことができた。

 

彼のアタックはその度に飲み込まれた。

ジルベールと違い、彼はまだまだそこまで強力なアタックができるわけではない。

抜け駆けを許さない精鋭たちの前で、ヴァルグレンの攻撃を実を結ぶことは簡単ではなかった。

 

だが彼は、アタックする度に集団の後方に舞い戻り、足を貯め、次のアタックに向けての準備を整えるようにしていた。

 

その間、集団の先頭を守る役割を果たしていたのが、ガットであった。

 

 

オスカル・ガット。

昨年もオムロープで5位と結果を出している彼だが、2016年にはティンコフに所属し、コンタドールサガンらのプロトンを守る重要な役割をこなす名ルーラーであった。

この年はヴァルグレンともチームメートであった。

 

彼はヴァルグレンがアタックを繰り出して集団内に戻ったあと、すかさず集団の前を牽引し、ペースを作り出す役割を果たした。

決して自らが主役になることはなく、チームの為に尽くすこと。それはガットという男がこれまでも長年こなしてきた役回りであった。

 

昨年はチームで唯一先頭集団に残ることになっていた彼だったが、勝利を得ることはできなかった。

だが今回は若く力強いチームメートが控えている。彼らの為に勝機を作ることこそが、自分の仕事だと感じていたのかもしれない。

 

 

最後に、アレクセイ・ルツェンコ。

ヴァルグレンと同年のカザフスタン人で、アスタナ叩き上げの選手である。

山岳逃げの名手としても名高く、パリ~ニースやブエルタ・ア・エスパーニャでの勝利経験もある。

そして直近のツアー・オブ・オマーンでも区間1勝と総合優勝を果たし、アスタナの、そしてカザフスタン人の新エースとしての期待が集まる成長株である。

 

今回、3人の中でエースを務めるのがこのルツェンコなのは間違いがなかった。

ガットが中心となって先頭を牽き、ヴァルグレンが積極的な動きを見せる中、ルツェンコは静かに集団内で足を貯め、チャンスを窺っていた。

 

ヴァルグレンのアタックが決まらず、最後の局面に至った際には、ルツェンコがなんとしてでも勝利を掴む。

最後の切り札として彼に託された役目は、集団の後方でじっと息を潜めることであった。

 

 

そんな、3名が3名の役割を果たしながら迎えた、最終局面。

ラスト2.4km。運命の瞬間のきっかけを作ったのは、セップ・ファンマルケによるアタックだった。

 

 

 

運命の瞬間

ラスト2.4km。

互いが互いを牽制し合う集団の左側から、鋭いアタックを繰り出したのがファンマルケだった。

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このファンマルケのアタックにいち早く反応したのは2名。

 

スティバールがまずは反応し、すぐさまファンマルケの背中に張り付く。

そしてもう1人、集団先頭から4番目に位置付けていたオスカル・ガットが、ファンマルケが左から上がってくるのを目にした瞬間、ペースを上げ、ファンマルケとスティバールの背後に飛び乗った。

 

ガットがこのとき、彼らに反応することがなかったら、もしかしたらファンマルケのアタックが決定的なものとなっていたかもしれなかった。

しかしガットはこれにしっかりと対応し、ライバルに勝利を奪われる事態を潰すことができた。

 

あとはヴァルグレンの仕事である。

 

 

 

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ファンマルケとスティバールが集団に飲み込まれた直後、左手からこれまでで最も鋭いアタックを繰り出したヴァルグレン。

ファンマルケもこれを視界に捉えてはいたものの、アタックした直後の余裕がない状態であり、その他のライバル——ファンアフェルマートやスティバール――らへの警戒を第一に考えていた彼は、ヴァルグレンの決死の攻撃を見送ることにしたのだ。

 

一方、このヴァルグレンの攻撃に危機感を覚えた人物がいた。

集団後方に陣取っていたトレンティンだった。

スプリント力であればファンアフェルマートに匹敵する人物であり、しかもこの終盤の平坦区間においてあまり前に出ず足を貯めつつあった。

 

そんな彼が、ヴァルグレンの鋭いアタックを見て、これを逃がすわけにはいかない、と判断した。

 

すぐさまペースを上げ、後方からヴァルグレンに追撃するトレンティン。

そしてこれに対し、さらに後方にて待機していたルツェンコがただちに反応。

トレンティンの背中に張り付くことに成功した。

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結果的に、ヴァルグレンのアタックは余人の想像を超えて鋭く、トレンティンが追い付くことはなく終わった。

しかし万が一ここでトレンティンがヴァルグレンに追い付いていたとしたら、そのときにこのルツェンコの動きは非常に重要になる。ヴァルグレン、トレンティン、ルツェンコと2vs1の状況を生み出し、しかもトレンティンの足はしっかりと使わせた状態となるわけだ。

 

ガット、ヴァルグレン、ルツェンコそれぞれの動きが、今大会でアスタナが確実に勝利を掴むための重要な動きであったことが、よくわかる。

 

 

ただ単純に数の有利を作っただけではない。

いや、カペルミュールを3人で越えて数の有利を作っただけでも、想像以上に凄いことなのは間違いないのだが、その後でしっかりと、それぞれの戦力を使いこなす戦術も含め、今回のアスタナは間違いなく「最強」だった。

 

 

 

それでも、今回のアスタナのこの3人は、1人1人で見れば決して「最強」ではなかった。

ファンアフェルマート、ファンマルケ、スティバール、トレンティン、ナーゼンといった最強格が集う中、この3人はベスト5に入れたとしても表彰台は狙えなさそうな、そんなメンバーであったことは間違いない。

 

それでも、勝てるのだ。

たとえ最強でなくとも、信頼できる仲間がいればそれでいい。

昨年のジルベールもそうだが、信頼できるチームメートと共に最終局面に臨むことができ、そのチームメートを信頼した動きを取ることができれば、最強でなくとも勝つことができるのだ。

 

今回のヴァルグレンの勝利はそんな、ロードレースとしての魅力がたっぷりと詰まった勝利であった。

 

 

おめでとう、ヴァルグレン。そしてチーム・アスタナ。

願わくば彼らが、仲間たちと共に憂いなくレースを続けられる環境が整わんことを。

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